トップページ >> 玉乃光対談
淺野 :
亡くなられる前の年に、私が暮に、お宅に蕎麦を届けたんですね。そうしましたら、この字を……。
宇治田 :
いいねえ。
淺野 :
お茶筒を二つ、箱に入れて、おみやげだとおっしゃってくださったんです。宇治のお茶でしたですかね。そしたら、お茶の箱の蓋に「味」って書いてあったんですね。
宇治田 :
ほう。
淺野 :
その前に、里見先生と、先生の面倒を見ていられた女の方と、明大の総長をなさった斉藤正直さんという方が店においでになって、ちょうどお昼で混んでいたんですが、先生が、「今日は一色の親父が顔を出さなきゃ帰らないよ」とおっしゃっていたらしいんですよ。それで私が一段落してここに来て、この帽子をそこへ置いて、「先生、よくいらっしゃいました」って挨拶しましてね、帽子を忘れてこっちへ行ったんですよ。それで帽子を取りに戻ったら、里見先生が私の帽子を被ってらしたんですよ。
そうしたら斉藤さんが、「一色の親父さん、里見先生が被ったから、これで頭よくなるよ」とおっしゃって。いまさら頭よくなってもしょうがないから(笑)。
そうしたら斉藤さんが、「一色の親父さん、里見先生が被ったから、これで頭よくなるよ」とおっしゃって。いまさら頭よくなってもしょうがないから(笑)。
宇治田 :
アハハ、そうですか。
淺野 :

昔、明治大学の文学部で、里見先生と小林秀雄さんが講師をなさったらしいんですね。それ以来のお付き合いとか。
小林秀雄さんは、授業中もタバコをプカプカ吸って、すごい煙で、でも非常に人気があったということを、斉藤さんからお聞きしましたけれどね。
里見先生が亡くなられたときに、斉藤さんがお悔やみに一緒に行こうとおっしゃって、奥さんと私と三人で伺ったんですが、扇ガ谷のお宅の庭にチャイナ服を着た人がいて、掃除しているんですよね。俳優の中村嘉葎雄だったんですね。里見さんのご長男(山内静夫氏)が松竹にお勤めになって、鎌倉ケーブルテレビの社長になられていましたのでね。
しばらくしたら、里見さんのお姉さん(高木志摩子さん)で、たしか百歳を超えた方が田園調布から駆けつけられましたね。しっかりした足取りでね。「弴よ、逝っちゃったか、ここにいられる皆さんに、世話になったんだな」というようなことをおっしゃって。カクシャクとした方でした。
斉藤さんによると、里見さんが仲人を引き受けたとき、奥さんじゃない人を連れてきて仲人を澄ましてやったとかで、我々もびっくりした、とおっしゃってました(笑)。
宇治田 :
アハハ。それはいわゆる「多情仏心」ですよ。里見さん自身が「多情仏心」です(笑)。今ここへ来るとき、里見さんのその扇ガ谷のお宅を見てきましたが、道端から見えるあの小ぶりの古い燈籠は昔からあったんですか。
淺野 :
あったと思いますね。
宇治田 :
年季が入っているな、と思いながら見ておったんですがね。
淺野 :
とにかく皆さん会うと必ずお酒がついてまわってましたね。昼間から必ず。
宇治田 :
ありがたい話です。小林さんだって、先輩の里見弴さんにズケズケ言っても結局、里見弴さんも怒ってなかったんでしょうから、そこらがいいところですね。

