トップページ >> 玉乃光対談
※この対談は、2003年7月に収録されたもので、弊社会長宇治田福時の3冊目の著書に掲載される予定であったが、この度、日刊スポーツ・コムの「玉乃光に合う肴」に葉山の蕎麦処、如雪庵一色様が掲載されることになった機会に、別途、弊社のHPにて公開するものです。なお、2003年当時、弊社現会長宇治田福時は社長でありました。
~ 燗酒を楽しんだ鎌倉文士 ~
宇治田 :
純米酒というものは、私のところが初めて作ったわけですが、その純米酒を早くからお取り上げいただいたのが「一色」さんでした。
淺野 :
私は、社長さんが日経新聞にお書きになったものを読んで感激しまして、店に置いたわけです。たしか日経新聞に問い合わせて、玉乃光の電話番号を教えていただいて、直接申し込んだと思います。
宇治田 :
日経の紹介で……。そうですか。
淺野 :

あるとき小林秀雄さんがお見えになって、「この玉乃光はどこの玉乃光だ」っておっしゃったんです(笑)。こんな葉山の田舎に、自分が人から勧められている玉乃光があるとは思わなかったようなんですよ。あの方も、昔、水道橋の駅のホームから一升瓶を抱えて落ちたという有名な話があるくらい、飲まれますから、「酒を飲むなら玉乃光を」とずいぶん勧められていたらしいんです。それがうちにあったので最初は怪訝な顔をされまして……。
あの方は、「この鴨はどこの鴨だ」「この醤油はどこの醤油だ」と、しつこいくらいにお聞きになりましたね。
宇治田 :
私らは学生時代にドフトエフスキーをよく読んで、そのドフトエフスキーを紹介された小林秀雄さんの本も愛読したものです。戦後、その小林秀雄さんにご縁が出来て玉乃光を飲んでいただいて、いっぺんお目にかかりたかったですねえ。
玉乃光を認めていただいたのは、東京文化圏の中の知識層の方々、わけても鎌倉文士の方々なんですね。皆さん、亡くなられて、知っている人も少なくなって、そういう方々のお話をご主人からうけたまわりたいですね。
玉乃光を認めていただいたのは、東京文化圏の中の知識層の方々、わけても鎌倉文士の方々なんですね。皆さん、亡くなられて、知っている人も少なくなって、そういう方々のお話をご主人からうけたまわりたいですね。
淺野 :
いや、私などは……。
宇治田 :
僕は八十三ですが、鎌倉文士の方々の本を読んだのは、主として学生時代ですからね。例えば里見弴さんなんて、僕ら、学生時代に読みましたから。
小島政二郎さんは戦後読みましたけれど、皆さん、八十三の私より十も二十も上の方ですから。
小島政二郎さんは戦後読みましたけれど、皆さん、八十三の私より十も二十も上の方ですから。
淺野 :
いやいや、店に出て直接お話ししたというのは、挨拶程度で。
玉乃光を、小林秀雄さん、里見弴さん、堀口大學さんが飲んでいられるときに、「素晴らしき仲間」というテレビ番組の飯島さんという方がうちに見えていて、「すごい先生方がお酒を酌み交わしている。素晴らしい仲間だけれども、テレビに出たい人は誰もいないだろうから、あの先生方を引っ張り出すにはどうしたらいいか」というので、葉山町長に頼んだ。
それで町長が、堀口さんに最初に声をかけたらしいんですね。そうしたら、「俺は出たくないよ」。里見先生のところに行っても、「俺もそういうものにはあまり興味がないから」と。でも最後に、田中町長さんに「君も困るだろうし、まあ、『一色』なら出てやってもいい」とおっしゃってくださって、それでこの写真のようなことになったんです。
玉乃光を、小林秀雄さん、里見弴さん、堀口大學さんが飲んでいられるときに、「素晴らしき仲間」というテレビ番組の飯島さんという方がうちに見えていて、「すごい先生方がお酒を酌み交わしている。素晴らしい仲間だけれども、テレビに出たい人は誰もいないだろうから、あの先生方を引っ張り出すにはどうしたらいいか」というので、葉山町長に頼んだ。
それで町長が、堀口さんに最初に声をかけたらしいんですね。そうしたら、「俺は出たくないよ」。里見先生のところに行っても、「俺もそういうものにはあまり興味がないから」と。でも最後に、田中町長さんに「君も困るだろうし、まあ、『一色』なら出てやってもいい」とおっしゃってくださって、それでこの写真のようなことになったんです。
宇治田 :
そこが酒の取り持ついい縁ですね。
淺野 :
小林秀雄さんは、町長も怖かったらしいんですね、言い出すのが。それで小林先生は出ていらっしゃらない。
そして飲んでおいでのとき、皆さんお燗でしたね。
そして飲んでおいでのとき、皆さんお燗でしたね。
宇治田 :
いや、そこだ! 皆さん、お燗だった。鎌倉文士のえらい先生方は、みな、お燗だった。これは特筆して記録してください。
淺野 :
町長は仕事柄、水割り、ウィスキーの水割りばかりなんですね。そしたら小林秀雄さんが、「おまえはバカだ」っておっしゃったんですよ。「人が丹精したものをうすめて飲むバカがあるか」って。「我々みたいにお酒を燗して飲めば、みな九十まで長生きできるんだ」と。
宇治田 :
なるほど。
淺野 :
町長はかしこまって聞いていたんですけれど、次にお見えになったときに、町長も敵討ちのつもりで、「小林さん、梅原龍三郎さんは水割りらしいですよ」って言ったら「そりゃあ番外だ」なんて(笑)。
皆さん、冷やで飲まれたことはないですねえ。お燗ばっかりで。
皆さん、冷やで飲まれたことはないですねえ。お燗ばっかりで。
宇治田 :
ありがたいですね。それはひじょうにいいことをうかがいました。最近、いい酒は冷やして飲むものだという迷信がでてまいりましてね。それはなぜかといえば、酸が少ない酒は、お燗したらまずいんですよね。天然の米から作った純米酒は、酸がたっぷりあるわけです。したがってお燗したら、酸味がかえって丸くなって、いい味になるんですよ。
昔風の酒がなくなったわけですから、今はそういう風なことが言われてきておりますけれど、米だけで作った酒、天然の酸味がある酒は、夏でもお燗した方が、丸みが出て味がふっくらしておいしいんです。
酒は伝統文化の一つですから、伝統文化を維持するためには、伝統的にわれわれ日本民族が昔から燗してきた、それを是非とも復活したいと、こう思っておりますよ。この「山廃」はまた、特に燗するために作った酒なんですよ。
昔風の酒がなくなったわけですから、今はそういう風なことが言われてきておりますけれど、米だけで作った酒、天然の酸味がある酒は、夏でもお燗した方が、丸みが出て味がふっくらしておいしいんです。
酒は伝統文化の一つですから、伝統文化を維持するためには、伝統的にわれわれ日本民族が昔から燗してきた、それを是非とも復活したいと、こう思っておりますよ。この「山廃」はまた、特に燗するために作った酒なんですよ。

