
伝統的な日本酒とは、100%米のお酒のこと。でもそんな純米酒は、実際売られている日本酒全体の1割前後。戦時中の米不足のため、昭和19年に日本酒はすべて、アルコールの添加が強制された。しかし、戦後の米余剰が始まった同38年以降も価格の安い通称「アル添酒」が市場での主役だった。さらに、日本酒が本来持っていた旨味を補うためブドウ糖を加えるので、味のバランスも崩れたようだ。
そんな「アル添酒」主流の昭和39年に、業界に先駆けて「玉乃光」は米100%の酒(純米清酒「無添加清酒」)を復活させた。消費者からも高い評価を得たが、その後も若き日の宇治田福時(現、会長)は「もっとおいしい純米酒を造りたい」とどん欲に酒米を求めて全国を旅した。
昭和50年代に入り、岡山市北部の町での小さな出会いが「玉乃光」の歴史を大きく変えた。宇治田福時が備前雄町(おまち)米と呼ばれる、酒米のうち、現在確認されている最も古い品種に出会った。有名な山田錦は備前雄町米の孫に当たる。宇治田福時は「こんないい酒米をなくしてはいけない」と篤農家と協力して、絶滅寸前だった名米の復興に情熱を注いだ。

その酒米と伏見の水、そして「一麹、二もと、三造」と言われる工程が旨い酒のカギを握る。
11月にその年の新米が届くと純米・吟醸造りと翌年の晩春まで休みなく作業を行う。最初の工程は米の表面を削り取る精米工程だ。酒米の場合、40%を削り取り、内側60%だけを使うのが純米吟醸酒だ。
「削れば削るほど酒の旨さも洗練される」。この60%精米に約30時間を掛ける。専用のローラーを使い、ゆっくり丁寧に研磨、「でんぷんだけの白米」にする精密作業。ちなみに、純米大吟醸の場合は48時間かけて50%以上を削る。

精米後に余分な糠を洗い取る洗米を行い、さらに水分を吸わせるため、水に浸けておく。浸漬を終え水を切った米は、釜に入れられ1時間ほど蒸して、冷ます。一方で麹室(むろ)の中で蒸した米に種麹を混ぜ、麹菌を繁殖させる。麹と蒸米と水、そして酵母を入れて酒のもとになる酒母(しゅぼ)ができる。この麹造り・酒母造りは杜氏が特に力を注ぐ工程で、 できた酒母が調和した酒の味と香りを生む「源」となる。
酒母、麹、蒸米、水は3段階に分けてタンクに仕込まれてもろみとなる。もろみは20~30日間かけて管理され、この工程の中で麹が蒸米のでんぷんをブドウ糖に変え、そのブドウ糖を酵母がアルコールに変えている。「もろみ管理は温度管理」といわれるほど品温の管理は重要で約10度に保たれた醗酵室で20日間発酵させて、搾ると酒と酒粕(かす)に分かれる。そして、更に出荷まで蔵で寝かせて味を調える。原酒はアルコール17~19度だが、瓶詰時には割水をして15~16度に調整する。「酒は生き物」と言われる理由は全工程から分かる。

